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札幌高等裁判所 昭和26年(う)507号 判決

控訴人 原審検察官及び被告人 千葉辰男

弁護人 杉之原舜一

検察官 樋口直吉関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。

原審及び当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

被告人の控訴を棄却する。

理由

検察官副検事好田政一の控訴趣意及び弁護人杉之原舜一の控訴趣意は末尾添附の各書面に記載したとおりで、これに対する判断は次のとおりである。

第一、弁護人の控訴趣意一の(一)について。

昭和二十五年政令第三二五号占領目的阻害行為処罰令第一条に規定する「占領目的に有害な行為」たる「連合国最高指令官の日本国政府に対する指令の趣旨に反する行為」というのは「連合国最高指令官の日本国政府に対する指令に反する行為」というのとは異り、その指令の為された意図或は目的に反する行為という意味である。従つて右指令に反する日本国政府の行為不行為が「占領目的に有害な行為」となるのではなく、前叙の意味における右指令の趣旨に反する個人の行為不行為が「占領目的に有害な行為」として、処罰の対象となるのである。所論は両者を区別しないことから生ずる誤つた見界であつて、到底採容の限りでない。

第二、同一の(二)及び(三)について。

原判決は、被告人が「平和のこえ」合計約百五十部乃至二百部を「はん布して、その発行行為を為し、」と説示しているけれども、原判決の認定した事実は「はん布」の所為であつて、「発行行為をなし、」というのは無用の語を附加したに過ぎないことは原判文の全趣旨に徴し明らかで、又「平和のこえ」の内容が占領目的に有害な行為でないという所論は、全く独自の見界であるから、この点の論旨も採容出来ない。

第三、同二について。

昭和二十五年七月十八日附連合国最高司令官の日本国政府宛指令の内容は、「アカハタ及びその後継紙並びに同類紙の発行を無期限に停止する措置を取るべきこと、」である。

従つて右指令が発せられた後において、これらの印刷物を発行はん布することは、その発行停止の行政的措置が取られたと否とを問わず、右指令の趣旨に反するものといわなくてはない。

従つてかかる行為が昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令第一条にいわゆる「占領目的に有害な行為」として同令第二条により処罰の対象となることは明らかであるから、原判決が法令によらずして被告人を刑罰に処したとの非難は当らず論旨も理由がない。

第四、同二について。

「アカハタ」の発行停止後に発行された「平和のこえ」が、その形式内容において「アカハタ」と趣を異にすることはむしろ当然で、それ故に「平和のこえ」が「アカハタ」の後継紙でないという所論は首肯し得ない。論旨も理由がない。

第五、同四の(一)について。

原審各公判調書の記載を閲すると、被告人ははん布した「平和のこえ」の部数につき、原審第一回公判期日では「百部位しかはん布していない。」と述べ、第二回公判期日では「全部で百三十部位で、滝川町関係の分は約三十部位のものである」「韮沢からは、三百三十部位受取つているかも知れないが、配布した部数はもつと少い筈である。はつきりした数は分らない。」と述べており、又原判決引用の韮沢徳一の検察官に対する供述調書には「毎回五十部位送附を受けて、うち三十部を被告人に渡していた。」旨の供述記載がある。これらの証拠を綜合すると、原判示の部数をはん布したことを推認し得られないわけではないから、原判決に所論の事実誤認又は理由不備の違法はない。論旨も理由がない。

第六、同四の(二)について。

本件につき、判決において罪となるべき事実を示すに当つては後継紙の意義を説示する必要はなく、又被告人が「平和のこえ」が「アカハタ」の後継紙であることの認識を有していたことは、原審第一回公判調書に被告人のその旨の供述記載があるから、この点についても所論の違法はなく、論旨も理由がない。

第七、検察官の控訴趣意について。

訴訟記録及び原審で取り調べた証拠を精査して按ずると、原判決が情状として説示するところは、にわかに首肯し難く、被告人の本件犯行の動機、態様、その他諸般の事情に違犯の性質を綜合して考量すると、原判決が被告人に対し、懲役刑につき執行猶予の言渡を為したのは、量刑軽きに過ぎ不当といわざるを得ないので、論旨は理由があり、原判決は破棄しなければならない。

叙上のとおりで、被告人の控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却し、検察官の控訴は理由があるので同法第三百九十七条第三百八十一条により原判決を破棄し、同法第四百条但し書に従い被告事件について更に判決をする。

罪となるべき事実は「その発行行為をなし、」とある部分を除き原判決摘示の事実と同一で、これを認めた証拠は原判決挙示の証拠と同一であるから、各これを引用する。

法律によると、被告人の原判示所為は昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令第一条第二条第一項に該当(罰金刑については尚罰金等臨時措置法第二条第一項に該当)するので、定められた刑のうち懲役刑を選び、その刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、未決勾留日数の算入につき刑法第二十一条を、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 長友文士 判事 東徹)

検察官の控訴趣意

一、原審裁判所は頒布部数の点を除いて公訴事実と同一の事実を認めながら被告人を懲役一年及び罰金壱万円に処し懲役刑に対し五年間その刑の執行を猶予する旨の言渡をしているがこの判決は刑の量定が軽きに失するため破棄を免れないものと考える。

二、昭和二十五年一月日本共産党がコミンフォルムの批判を受けいれて以来占領政策に対する活溌露骨な批判が漸く多きを加えるに至つたが日本共産党中央委員について「われらは代議政治による民主主戦の線に沿つて日本が著しい進歩を遂げているのを阻止し日本国民の間に急速に成長しつつある民主主義的傾向を覆するための手段として真理をゆがめることと大衆の暴力行為をあおることに依つてこの平和で静穏な国土を無秩序と闘争の場に転化しようとしている」「この不法行為この煽動をこのまま放置すると言うことはたとえそれが現在萠芽にすぎなくても遂に日本の民主主義的諸制度の抑圧を招来し連合国が宣言してきた政策の目的と意図を直接否定し日本の独立の機会を失わせ日本民族を破滅させる危険を冐すことになろう」(昭和二十五年六月六日マ元帥書簡)と言う理由でその公職からの追放が行われ次で「アカハタ」幹部について同紙は「相当期間中共産党内部の最も過激な不法分子の送活管の役割を演じて来て居り官憲に対する反抗反発経済復興の進展を破壊し社会不安と大衆の暴力を生ぜしめるために無責任な感情に対する勝手で虚偽に満ち煽動的反抗的な呼びかけを記事欄と社説欄に満載してきた」(同年六月七日マ元帥書簡)とし同紙の編集政策について責任あるものとして前同様の追放が行われかくて「アカハタ」が朝鮮の事態を論ずるに真実を曲げたことが指摘され「このことは同紙が日本の政党の合法的な機関紙ではなくむしろ日本国民の間にこの場合は特に多くの朝鮮人の間に公安と福利を害し人心の破壊を目的とした悪意の虚偽と激越な宣伝をまき散らそうとする外国の破壊的陰謀の道具であると言う証拠を示したこの様な煽動的行為は平和的な民主的社会においては許し得ないものである(同年六月二十六日附マ元帥書簡)として次の発刊停止の措置がとられ而も朝鮮において北鮮軍の南鮮侵入による動乱が勃発し南鮮救援のための米国の軍事行動が開始された後は米国又は占領軍に対する誹謗の言動は一層激化するに至つたため日本共産党が公然と連繋している国際勢力は民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対し更に陰険なる脅威を与えるに至つたとして「かかる情勢下においては日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のために宣伝を播布するため公的報道機関を自由且無制限に使用することは新聞の自由の概念の悪用であり、これを許すことは公的責任に忠実な自由な日本の報道機関の大部分のものを危険に陷れ且一般国民の福祉を危くするものであることが明かであり現実の諸事件は共産主義が公共の報道機関を利用して破壊的暴力的綱領を宣伝し無責任不法の少数分子を煽動して法に背き秩序を乱し公共の福祉を損わしめる危険が明白であることを警告しているそれ故日本において共産主義が言論の自由を濫用して斯る無秩序への煽動を続ける限り彼等に公的報導の自由を使用させることは公共の利益の拒否されるべきである」(同年七月十八日附マ元帥書簡)としてアカハタ及びその後継紙並に同類紙の発刊停止措置を無期限に継続すべきこととなつたことは既に公知の事実である 然るに共産党は「わが党が運用している大衆政治新聞に敵は彈圧を集中してくるがわが党は全党をあげてこれを守りぬかねばならない。大衆政治新聞なしには大衆の啓蒙は不可能であり大衆自身が憤激し目的意識的に立上らずには革命はないそのためには大衆政治新聞を拡大強化しなければならない。大衆政治新聞は題名が変つても必らず発行される」(一九五〇、十月二日附日本共産党臨時中央指導部指令、情状証拠書類として原審裁判所へ提出)旨の指令を全国組織に発してアカハタの後継紙の発行継続を執拗に強調している。かかることは占領軍を含む連合国に対する反抗気運をかもして占領秩序を攪乱せんとする意図の下に行われていることを容易に推定せしめるものであつて現在の情勢下においては極めて悪質な行為と言わねばならない。

三、被告人は国鉄滝川駅に勤務して労組運動に従事する中に共産党に共鳴するに至り昭和二十四年八月国鉄退職後自然的に入党して滝川地区委員会内にその居を定め爾来アカハタの頒布責任者として積極的に機関紙活動に従事していたものである 昭和二十五年七月アカハタ発刊停止措置前後頃から右委員会の中心人物が病気或は検挙等の理由により漸次離脱するに至るや被告人は右委員会の中心分子となり「アカハタ」の後継紙である平和の友平和のこえその他の党機関紙の頒布並びに党指令の伝達等の重要任務に従事していた事実に徴すれば被告人は前記の「アカハタ」停刊に至るまでの事情並にこれに対す反抗指令等を知悉していたものと認められるのである原審裁判所が判決中情状として本件行為が日本共産党の全国的組織活動の一環としてなされた事実から情状軽からざるものと認定しながら被告人が過去の行動を反省して転向の決意を表わし斯かる決意の表明は一時的擬裝に出でたものと認め難いから情状酌量すべきものがあるとした。しかし前述の事情に照し不当な判断であるのみならず昭和二十六年二月三日平和のこえの全国一齊検挙を知るや被告人は直ちにその所在をくらまし秘密裡に行動を続けその間或は夕張市に開催の党中堅幹部講習会に出席して教育を受け或は平和のこえに次いで発刊されたアカハタの後継紙人民新聞のポストの選定並に頒布その他党の重要指令の受領伝達等党活動を積極的に実行していた。

又被告人は逮捕後検察官の取調べに対して党活動に関しては一切陳述せずと供述し闘士的態度を表明していた。然るに起訴されるに及んで前記態度を豹変して或る程度の事実を陳述し恰かも転向したかの如き印象を与える態度を表明するに至つたのであり被告人の数年に亘る樺太抑留生活及び党活動の経験年令境遇等を綜合して被告人の多年に亘り培われた強固な意志が容易に転換するとは認められないのであつて一時の法廷における転向の決意の表明を捉えて擬裝的にあらずと認定することは早計と言わねばならないし被告人の過去における行動経歴に徴し本件については何等酌量すべき点がないのである。

四、被告人の頒布した平和のこえの部数は公訴事実においては本件における諸般の証拠を綜合して約三百三十部と推定しているのである。然るに原裁判所に於ては被告人の法廷における供述を措信してその部数を約百五十部乃至二百部と認定した。しかし何れにしてもその部数は僅少でなく而かも多数人に頒布しているものと認められ影響する範囲も決して狹いものでないのである。

五、右平和のこえの記事内容は全く「アカハタ」と同一傾向を持つものであり被告人は「アカハタ」の頒布責任者であつて而かも右「アカハタ」が前述の理由で発刊停止せられたものであることを充分知つて居りながらその後継紙である平和のこえを「アカハタ」同様頒布していた事実から見て被告人の占領目的に対する反抗的意識が如何にも強固なものであつた事実が窺われ被告人の犯情は極めて重いものと言わねばならない。

六、かくて前記アカハタ発行停止に至るまでの各マ元帥の書簡の発せられた事情と被告人の犯情及び犯罪後の情況その性格などから考え被告人に対し懲役三年の求刑をなしたところ原審裁判所は前記の通り懲役一年及び罰金一万円に処し懲役刑に対し五年間刑の執行を猶予する旨言渡をなしたが上述の理由から見て明かに軽きに失するものであり、とくに平和な民主主義国家を育成せんとする占領目的に反し大衆を煽動して革命に導き共産主義国家を建設せんとする意図を有するものと認められるこの被告人に対し短期刑を以て臨み而かも刑執行猶予の言渡しをなすが如きは洵に不当であると云わねばならない。以上により原審判決は破棄を免れないと考えて控訴を申立てた次第である。

弁護人の控訴趣意

一、原判決は法令の適用に誤りがありそれが原判決に影響を及ぼすこと明かである。すなわち、

(一)原判決は被告人の判示所為が占領目的阻害行為処罰令第二条第一項に該当するというにある。その趣旨は同令第一条にいう「連合国最高司令官の日本国政府に対する指令の趣旨に反する行為」に該当し、右にいう指令とは本件では原判決引用の連合国最高司令官の指令であるとするにあるが、右指令の趣旨はその書簡に明かに示されているように日本国政府に対し「アカハタ」その後継紙並に同類紙の停刊処置を命じておるにすぎないのであつて、直接わが国民に対してかかる新聞の発行を禁止する趣旨のものではない。従つて右指令の趣旨に違反する行為ありや否は専ら日本国政府の行為、すなわち右指令の趣旨に従つて日本国政府が停刊処置をとるか否かについてのみ問題となりうるのであつて、被告人の所為の如き行為については全く問題となりえない。原判決はこの理を無視して被告人の本件所為があたかも右指令の趣旨に違反する行為であるかの如く判断しているのは法令の解釈をあやまつているものである。

(二)原判決は頒布行為を発行行為なりと判断しているけれども、かかる解釈は一般新聞の配達人の頒布行為も発行行為であり配達人も発行人であるとするにひとしい。

かかる解釈がいかに常規を逸しているかは言うまでもない。

(三)「平和のこえ」の内容のどこが一体占領目的に有害な行為であるか「平和のこえ」の主張記事のすべては戦争と植民地政策に反対し平和と民族の独立自由を強調している。平和と民族の独立自由、これこそがポツダム宣言の根本精神であり占領政策の根本目的である。かかる「平和のこえ」の頒布行為を犯罪とすることこそ、かえつてポ宣言を蹂躙し、占領目的に有害な行為である。原判決はまさに占領目的の何たるかについて故らに誤つているものである。

二、原判決は憲法の違反がある。すなわち裁判はすべて法令に基いてこれをしなければならない(憲法第三十一条参照)。控訴趣意書一ノ(一)に述べたように原判決引用の連合国最高司令官の指令の趣旨は日本国政府に「アカハタ」その後継紙並に同類紙の発刊停止の処置を命じたにすぎず、而も日本国政府は現在のところアカハタ並に本件「平和のこえ」等個々の新聞紙に対して個別的停刊処置をとつておるのみで予め一般的にアカハタの後継紙同類紙の発行禁止の処置即ちかかる憲法上の立法手続をとつていない。従つて本件「平和のこえ」の発行停止処分前の被告人の判示所為を処罰すべき法令は未だ存しないにかかわらずこれに刑罰を課せんとする原判決は憲法を蹂躙するものであつて不法である。

三、原判決は法令の適用を誤るか若しくは事実を誤認し而もそれが判決に影響を及ぼすこと明かである。すなわち原判決は「平和のこえ」が「アカハタ」の後継紙であるといつているけれども、アカハタは日本共産党の機関紙でありこのことは紙面にも明示されており内容的にも「アカハタ」には日本共産党の諸決定、決議通達等が掲載され党員に対する組織的活動的指導がなされていたことは周知の事実である。「平和のこえ」には全く以上の如き事実はないのであるから名実ともに「アカハタ」の後継紙ではない。このことを無視した原判決は事実を誤認するか、それとも後継紙の解釈を誤つているものといわねばならぬ。

四、原判決は事実を誤認するか、若くは理由不備の違法がありそれが判決に影響を及ぼすこと明かである。すなわち

(一)原判決は被告人が本件「平和のこえ」を百五十部乃至二百部頒布したという事実を認定しているけれども、これを認定するに足る何らの証拠を示していない。被告人の頒布部数を判定しうる証拠としては本件においては被告人本人の検察官の面前における供述並公判期日における供述が唯一といつても過言でない程最も強力な証拠である。その証拠によれば被告人が頒布した部数は各号五部程度であり総数において五十部乃至六十部にすぎない。従つて原判決はこの点で事実を誤認するか若しくは理由不備の違法がある。

(二)原判決は本件「平和のこえ」が「アカハタ」の後継紙であることを被告人が認識していたと判示しているけれども何らの証拠を示していない。ことに後継紙の意義すなわちいかなる条件を具備したものが後継紙であるかは未だ定説を見ないところであるから、判決理由にはまずこれを明かにし且つ個々の条件について被告人が認識していたことを証拠によつてこれを明かにすべきであるにもかかわらずかかる点について何らふれない原判決には理由不備か事実誤認の違法がある。

以上の理由により原判決は破棄すべきものである。

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